・人が人を選ぶというような場面は、
世の中にいくらでもあります。
恋だの愛だののお相手を選ぶことも、そうだし、
この会社に入ってもらおうかどうしようか、
というような場合もそうだし、
賞をもらうとか、賞を与えるということもそうですよね。
選ぶ側も、選ばれる側も、
どちらも、なかなかの苦労があるはずです。
選ばれる側の、最大の苦しさは、
「選ばれるための基準がわからない」ことでしょう。
選ぶ側の持っている基準については、
選ばれる側の人びとは、想像するしかないのです。
賞などの場合には、選考の過程とか授賞理由とかを、
発表することもあったりしますが、
それでも、それは結果がでてからのことです。
「選ぶ、選ばれる」ということについて、
ぼくも考えることがよくあるのですが、
ついに、ひとつわかったんですよ。
「いざ、選ぶ」という場面を前にして、
ああしたほうがいいとか、こうするべきだとか、
直前の作戦やらがんばりやらは、
ほんとうは、無駄なのではないでしょうか?
選ぶ側の基準に合わせて、
じぶんをよく見せるようにしても、
それは「付け焼き刃」、悪く言えばウソですから、
相手側の望むものの正反対になるのではないか?
「率直にじぶんのままでいる人」が、
選ぶ側の(無意識かもしれない)基準に合ったら、
それは選ばれることになりますが、
「選ばれようとして調整されたじぶん」が
選ばれてしまうのは、互いにとっていいことなのか。
そんなことを、いまさらながら発見したのです。
「選ばれること」って、ほんとは目的じゃないはずです。
選び選ばれた先で、互いが喜べることが大事ですよねー。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
‥‥でも、かわいい「付け焼き刃」なんてのもあるかな?
Bodyscapes by Jean-Paul Bourdier
Jean-Paul Bourdier is a French born photographer currently based in California. Apart from his daily job as a professor in the department of architecture at UC Berkeley, Jean-Paul Bourdier takes beautiful pictures mixing body art and land art. His series of photographs entitled “Bodyscapes” presents human bodies painted in such a way as they fully fade in the natural background that surrounds them. Don’t hesitate to check out his portfolio or to follow him on Facebook to see much more.






